[危機管理:地震編]

当記事は書籍『印刷現場の予防保全』の著者である川名茂樹さんのご厚意により該当する章を転載したもの(本文のみ)です。1995年の阪神淡路大震災をもとに記述したものであり,その後,東日本大震災をはじめ海外含めいくつかの自然災害が発生し,災害対策の考え方も変わっているかもしれません。災害前後に印刷現場がとるべき方法としてご参考に供すれば幸いです。なお,本記事は,あくまで参考にしていただくものであり,災害対応,復旧を保障するものではありません。

過去11年間の印刷会社への自然災害
 1995年の阪神淡路大震災以降,2005年までの11年の間に,自然災害によってどれだけの会社と機械に被害が出ているのか。主に小森製印刷機だけの数字になるが,なんと262社,505台にのぼる(表10-1)。他社メーカー含めた全印刷機では,一体どのくらいになるのであろうか。「地震や台風の多い日本」とわかっていても,近年の自然災害は異常であると多くの人が思っているのではないだろうか。
 地震に関しては,地震予知連絡会等によって東海地震・東南海地震の危険性が声高に叫ばれている。東海地震は,静岡県西部・駿河湾一体を震源地としたマグニチュード8クラス前後で,阪神淡路大震災(マグニチュード7.2)を上回ると予測されている。その時期は安政東海地震から既に150年を経過していることから,いつ起きてもおかしくないと言われる(前付け図10-4)。
 更に,東南海地震は,和歌山県の太平洋沖を震源地としたマグニチュード8.4クラスと予想され,同時に津波の被害が心配される。南海トラフは東海地震を引き起こす駿河トラフに続いているため,東海地震に誘発され大地震が発生する可能性が高いと言われている(前付け図10-5)。

地震の印刷機械への影響
 過去のデータ分析から,印刷機械・印刷会社への被害は何が考えられるか,まとめてみよう。
印刷機械異常の分かれ目は,震度5±
 経験値から言うと,震度5−の場合は,大半の機械は影響を受けない。5+の場合は,半数が微妙に影響を受ける。6以上の場合は,ほとんどの機械が影響を受けている。
 ここで言う印刷機の異常とは,設置された場所からずれているか否かである。1cmでも動いていれば被害を受けていると言える。なぜなら,機械の水平が微妙に狂うからである。印刷機械はきわめて高い精度を持つ精密機械である。しかも数十トンもある鉄の塊が高速で回る。そのため,機械の水平は100分の数mm単位で維持されている。したがって,1cm動いただけで水平が狂う場合があり,それが機械の負荷増大を生むのである。
 阪神淡路大震災での筆者の経験を紹介する。あるユーザーに連絡を取ったところ「水平も見ましたから大丈夫です」と返事があった。念のため訪問したところ,水平を見たという「水平器」は,家を建てるときに使用する木製のものであった。印刷機の水平を見るものはきわめて高価な精密機器である。調査してみたところ基準を大幅に上回っており,改めて水平を取り直したのである。そのまま稼動していれば,過剰な負荷を受け寿命を縮めていたであろう。
 震度5±が分かれ目と書いたが,印刷機械が工場の2階以上に設置されている場合は,揺れが倍増するため,わずかな揺れでも影響を受けやすい。また,軽オフ・断裁機・綴じ機・丁合機などは,印刷機械よりも重量が軽いため,もっと弱い震度でも影響を受けると思われるので注意していただきたい。
 またつるつるした床面や,水平でなく傾いている場合もずれやすい。
揚げ台・ピットによる被害
 揚げ台から落ちたり,ピットに落ち込むと復旧に時間がかかるばかりか,危険も増大する。アンカーボルトでの固定が必要である。しかし震度7クラスでは何の意味も持たないことも事実である。また,液状化現象のため数週間後に基礎が崩れた事例もある。工場建設時の基礎工事と機械設置場所の基礎をしっかりするか否かが,災害時に違いとして出る。
機械周辺設備・工場内の被害
1.軽量物のズレや落下:パソコン・資材・給水タンク・ポンプ類は,小さな震度でも動くため要注意である。印をつけておきたい。
2.機械上の工具:ユニット上・デリバリ上から落下する。機械内部に入り込んでいる場合があるので,回転させる前に十分注意する。普段から整理整頓をして,機械の上部に物を置かない習慣が必要である。
3.蛍光灯・水銀灯などの照明:天井に張り付いたものと,ぶら下がったものとでは多少異なるが,揺れによって割れて落ちてくる場合がある。特にローラー上に設置する場合は要注意で,回転中に地震になったら緊急停止しないと被害が甚大になる。
4.水道管・インキパイプなど:移動距離が長い場合,接続部から破損に至ることが多い。あるユーザーではお盆休みであったため,現場に人がいなかった。天井の水道管が破損したのに気づかず,工場中が水浸しになったケースもある。
5.オイルパン・ライナー・レベラー:ずれたり外れたりする。水平が狂うことについて先に述べたが,現状の位置に印をしておくと動いたか否かすぐわかるので,ぜひ実施していただきたい(図10-6)。

本機の固定方法は何が良いか
 図10-8をご覧いただきたい。機械・仕様によって違いがあるが,ズレ防止策としてはA<B<C<D<Eで強度が増す。しかしながらいずれの場合も被害は出る。唯一Eの埋め戻しだけが震度7に耐えた実績がある。しかし,震度7であると地盤そのものがゆがむことが多いため,水平が狂う場合が多い。埋め戻しの場合それをいったん壊してからでないと,水平が取れない不便さがある。
 また,本機は床置きでフィーダの柱やトロッコなどが固定されている場合は,本機と固定されている境目のところで,激しい破損や亀裂・ゆがみなどが出る。床面を本機がずれて動くからである。
メーカーの耐震仕様
 本機の固定方法は,工場環境などによって先に述べたいくつかの方法があるが,当社では本機そのものを固定するのではなく,挟み込むようにして被害を防ぐ,「横ズレ防止仕様」をお勧めしている。
 また,印刷機専用「異常振動監視装置」という特別仕様もある。震度5(加速度100gal)以上を察知して,本機の緊急胴抜きと機械停止,電源OFFをする装置である(図10-9)。

地震発生時の周辺状況
通信手段
 メーカーへの連絡をしようとしても,通信手段が麻痺する。確実性のある順に紹介する。
1. 無線
 登録時の費用がかかる上,使用しなくても維持費がかかる問題がある。当社では災害対策用として主要サービスカーに設置している。
2. 災害用伝言ダイヤル
 震度6弱程度を超えた場合にNTTに設置され,ダイヤル171から登録できる。非常に有効である。
3. FAX・メール
 一方通行になるが確実性は高い。
4. 公衆電話
 緑やグレーの公衆電話は比較的使用できるケースが高い。
5. 一般電話
 遠距離を中継した方がつながりやすい。
 経験を紹介すれば,神戸と大阪間がつながらない時,大阪と東京間は通じていたため,東京に頼み神戸に電話してもらった。すると通じた。つまり東京を中継基地にして神戸と大阪間の連絡の橋渡しをしたのである。また,東京から仙台につながらない時,東京は大阪に連絡を取った。大阪から仙台に電話をしてもらうと通じた。
6. 携帯電話
 10年前は存在が希少で通話可能であったが,現在ではまったく不通と考えたほうがよい。被災地域から離れたところからかけたり,時間をずらしてみることをお勧めする。
7. 張り紙その他
 現地に到着できた場合は,まずこの方法が一番良い。安否や避難場所等の情報伝達として,原始的でシンプルなものが災害時に大きな力となる。
交通事情
 機械が復旧しても,紙が届かない,製品を運び出せないという問題に直面する。
1. 高速道路
 耐震補強をしていなかったかつての高速道路は,多くが通行止めになった。仮に通行できても「緊急車両専用」になるため,ほとんど当てにならない。
2. 幹線道路
 緊急車両と救援物資運搬道路となる。地元の会社や住民には「許可証」が出される場合が多いため,関係機関に聞くことが良いであろう。
3. 一般道路
 倒壊家屋や電柱・電線でふさがれていたり,橋に段差ができていたり,陥没や亀裂が走っていたりする。
 阪神淡路大震災の場合は,倒壊家屋や延焼家屋が多かったため,道路に釘が散乱していた。タイヤのパンクは当たり前と思ったほうが良い。しかも,パンクを修理するガソリンスタンドや整備工場が被災して休業状態になるので,注意すべきである。実際筆者も,パンクしてどうにもならず,一昼夜放置せざるを得なかった経験がある。
 一番有効な交通手段は,バイクや自転車である。細かな道や迂回路などをぬって進めるからである。リュック姿が一番である。阪神淡路大震災時の被災地で,一番重宝がられ我先にと買い求められたものはバイクであった。ただ先に書いたように,釘が落ちていたり,バイクの数が急増するので,運転には十分注意願いたい。
ライフライン
 救援物資・緊急常備品の準備は,被災地のライフラインの把握がまず必要である。電気も水もガスもない状態では,衣食住の最低レベルの確保が第一である。
 経験を言えば,阪神淡路大震災の時はガスコンロ・ガスボンベ・飲料水・自転車などが喜ばれた。新潟中越地震の時はゴミ袋が喜ばれた。
従業員の安否の確認
 会社は人である。人なくして会社はない。安否と通勤手段の確認がまず必要である。
1. 就業中の場合
 身の安全を考えて,屋外や安全なところに速やかに避難する。落下物に注意する。
 特に危険なのは,輪転工場の巻紙である。1トンもある巻紙が転げ回る状態を想像していただきたい(図10-10)。つぶされたらケガではすまない。万一に備えた対策立案が必要である。
2. 就業外の場合
 会社からの連絡は非常に困難となることが予想される。会社からの距離や地域別にどのような連絡網を作るか事前準備が必要である。連絡がつかない場合は,現地まで行って,自宅の確認・張り紙による連絡・避難場所の巡回等をする。
 住居の被害は,一般的には全壊・半壊・一部損壊となっているので,災害見舞いはまずはそれに準じるべきであろう。しかしそれは器の話であって,一部損壊でも大きな被害を受けている場合がある。家具やたんすが倒れて破損。ガラスや蛍光灯が飛散してじゅうたんが使用不可能。食器棚が倒れて食器が全て破損。水道管が破裂して部屋中水浸しで,衣類が全て使用不能等。社員や家族の負傷や住居の被害,及び通勤手段の確保に対する,会社の「救済規定」の事前策定が望まれる。

地震発生時の予防保全
 項目毎に簡単にまとめておく。
地震発生時の注意点
1.地震が発生した時は,直ちに機械に急停止をかける。胴抜きの時間があれば停止前に行う。
 例えば非常に重たい輪転機は,機械が停止していれば本機が動くという事は少ない。しかし回転中は地震によって動く場合がある。回転によって機械が「軽く」なっているからである。したがって稼動中地震にあったら,緊急胴抜き・機械停止をすること。機械を止めることが,最大の予防保全である。
2.身の安全を考えて避難する。インキ缶や巻紙が落ちてくることを念頭において行動することである。
地震後印刷開始時の注意点
 必ずメーカーの技術者に確認を取り,その指示に従う。勝手に電源を入れたり,動かした場合,大きな被害を誘発することがあるので,絶対に自己判断はしない。
 メーカー技術者が到着するまでに,以下の項目の手順に従って復旧作業を行い,メーカー技術者の到着後は,その指示に従う。特に,電源を入れる時は,必ずメーカー技術者の立会いか確認の下で行う。
1.印刷機械の横ズレはないか。水平ライナーが外れていないか。事前に,テープやペンキでずれたら解かるように印やマークをつけておくことは先に述べた通りである。また枚葉機ならスプレーパウダーの飛散箇所を見て,きれいな部分が見えていたらずれていると確認できる。図10-11は2cmほどずれていることが,パウダーがかかっていない鉄板が見えていることでわかる事例である。
 もし,ずれていたらメーカー技術者が来るまで清掃や片付け等をしながら待機する。
2.印刷機械上に落下物・粉塵等がないか確認し清掃する。掃除機やエアーガン,ほうきやモップ,雑巾やウエスなどでこまめに清掃するのである。
 もし機械外観やカバーなどに凹みや損傷が見られる場合は,メーカー技術者が来るまで待機する。
3.電気ケーブル等の電気配線に落下物による損傷・断線などがないか確認する。
 もし電気的な被害があったら,メーカー技術者が来るまで待機する。
4.印刷機械の手回しハンドルで版胴・ゴム胴を2回転以上回し,印刷機械内部に障害物がないことを確認する。なお,主モーターのブレーキは電源がOFFになるとスプリングによって強制的にかかる。主モーターは手動で解除するハンドルがついているため,その解除作業をしないとブレーキがかかった状態であり,手回しハンドルは回らない。
 もし重かったり引っ掛かりを感じた場合は,復旧作業を中断し,メーカー技術者が来るまで待機する。
5.以上の全てを問題なくクリアした場合は,電源を入れ寸動で数回スムーズに回るかを確認する。次に低速回転にして主モーターの電流値(アンペア)異常がないことを確認後,高速回転に上げる。再び電流値を確認する。問題がない場合に初めて印刷を開始する。その場合でも,回転中の異音・異常振動・異臭・発熱などに注意を払い続ける。
 図10-12は,阪神淡路大震災の被災写真である。危機管理を改めて見つめ直していただきたい。

 

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